もう一人のボクからメールが

パソコンを開くと、妙なメールが届いていた。差出人は、なんとボクである、

お〜い平吾よ、もう暑い夏が始まっているか?それとも、あのじめじめした梅雨に参っているか。このお盆には、孫たちがやってくるのだろう。楽しいよ、きっと心待ちしてるのだろうなぁ!ところで、孫たちがやってきて、忙しくしていて、忘れてしまうことがないように、やっておいて欲しいことがある。大分のさんは、今年が新盆だよ。色お前さんも世話になったろうが。8月に入る前に、お花を送っておけや。それじゃ、元気でこの夏を乗り切れ!

もう一人の平吾より

だいぶ年齢を食ったなぁと思うことが、このごろしばしばである。なぜかというと、朝起きて新聞に、目を通すも時お悔やみ欄を読まないで、後悔することがあるからである。このあいだも3日前の新聞を何気なく見ていると、中学時代の友人の訃報が載っていた。しかし、葬儀に出かけるにも遅きに失した。クラスメート同士で結婚していたから、喪主は夫人の名前になっていた。ローカル新聞は、お通夜告別式の日取りや葬儀場まで詳しく載る。彼は古希の会にも顔を出さなかった、あのときはもう闘病生活を送っていたのだろうか。

賀状欠礼は、たいてい親の場合が多いのは仕方がないにしても、時折、主人が亡くなったと夫人から届いたときは、世の無常を感じるもの。この10年の間に、兄たちや従兄弟たちがだいぶこの世を去った。お盆のシーズンになると、今年の新盆の人は、誰かいないかと思わず確認したりする。

このところ日本列島は災害列島である。九州の大分県や福岡が、災害に見舞われた、母方の祖父は、大分県の出身である。この間、日田市を中心に豪雨災害が、凄かったとテレビや新聞が報じていた。その時、母の従姉妹が大分市にいて、この正月亡くなったのを思い出した。賀状を出したのに、今年に限って音沙汰がなかったからである。もう年齢は80歳をとうに超えている。独身の彼女は、晩年を少ないながらも身内のいる郷里の大分に帰ると言っていた。正月が過ぎて、ハガキが届いた。甥のさんと称する人からだった

樫平吾さま

前文略

叔母は、いつも言っていました、富山にも私の親戚がいるのよ。樫さんと言う人で面白い人なの。時随筆など送ってくれる。パソコンでインターネットを覗けば、いつでも随筆が読めるのよと言っていました。その祖母が、正月を前にして亡くなりました。私はというものです。お世話になった樫さんに、お知らせするのが遅くなってしまいました。後略

すぐに香典を送るより、今年の新盆に、花を届けようと思ったのだった。パソコンのインターネットにリマインダーというサービスのサイトがあり、そこにセットしておけば、期日になるとメールが送られる仕掛けになっている。自分宛ばかりでなく、恋人の誕生日に、おめでとうというメールを自分で書いておくという手だってある。香典を出さなかったから、代わりにお盆になにかをと思って、リマインダーに入れておいたのだ。もう一人の平吾とは、恐れ入った。また例によって、酔っぱらって、パソコンに入れておいたに違いない。